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寄席文字は、江戸後期に始まった寄席のビラの書体に始まる。その後、木版の手摺りのビラが誕生する。そのため元々「ビラ字」と呼ばれていたが、橘右近の命名でわかりやすく「寄席文字」として今日に受け継がれている。
勘亭流文字は歌舞伎に用いられる。御家流の書家であった岡崎屋勧六が創始者で、安永8年(1778)鳥居派の絵看板に付けた看板からとされる。
江戸文字は、千社札(せんしゃふだ)等に書く文字の呼び方として、江戸の伝統を継ぎ今も続く千社札の会「東都納札睦」で命名してのことだが、その後の研究書により広まり、現在は江戸に始まったデザイン文字の総称ともなっている
落語をきっかけに寄席文字に興味を持ち、寄席文字の弟子を募集していた匠育成事業に応募。師匠である中村泰士氏(荒井三鯉、橘右橘)は寄席文字を橘流寄席文字家元の橘右近、勘亭流文字を二代目荒井三禮(元荒川区指定文化財保持者、上野庄吉氏)から学び、勘亭流文字・寄席文字・江戸文字の三種の文字を書き分ける技を保持する。
平成29年、橘流寄席文字一門として「橘さつき」、令和4年に勘亭流文字で「荒井三都季」の名を許される。
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