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荒川ゆうネットは、平成16年から22年までに開設されていたサイトです。
内容は、掲載当時のものとなります。
このページでは、荒川区の史跡・文化財の残る名所を紹介しています。
地図を見るには、地図ボタンをクリックしてください。
見学する場合には次の点に注意してください。
●寺社の境内や個人の邸宅では、まわりの人に迷惑がかからないように静かに鑑賞しましょう。
●一般公開をしていない文化財もあるのでご注意ください。
(事前に所有者または管理者に連絡をとり指示に従ってください。)
●写真撮影や拓本採取をする場合は、文化財の所有者の許可を得てください。
尾久
日暮里
南千住
坂・渡し
善導・円光両大師画像(大聖寺)
荒川1-18
唐代の僧善導(ぜんどう)と円光(えんこう)(法然)両大師の画像がある。
加藤屋敷跡
荒川1-39
伊予(いよ)(愛媛県)新谷(にいや)藩主加藤氏の下屋敷があった。
仙光院と峡田小学校跡
荒川2-8
峡田地区(荒川・町屋)で最初に建てられた公立小学校。
地蔵堀の石地蔵
荒川3-1
村の安穏と五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願って元文5年(1740)に建立された。
袈裟塚耳無不動
荒川3-22
左側の耳がない石造の不動。耳の病に功験があるといわれる。
阿弥陀如来立像(法界寺)
荒川3-51
法界寺の本尊で、延宝8年(1680)の銘がある。
文安六年銘板碑(浄正寺)
荒川3-53
文安6年(1449)銘の板碑(いたび)、江戸期の庚申待供養碑(こうしんまちくようひ)などがある。
宮地稲荷
荒川3-65
三河島の総鎮守。脚気(かっけ)に霊験があり、成就した際に草鞋(わらじ)を奉納した。
徳川将軍鶴御成り(観音寺)
荒川4-5
寛政10年(1798)、11代将軍徳川家斎の御膳所(ごぜんしょ)となった。
六地蔵
荒川4-10
寛文12年(1672)銘の庚申塔、大日如来、地蔵などの石塔群。
天文九年銘板碑(密厳院)
荒川4-16
三河島大師として親しまれた。墓石に埋め込まれた板碑(いたび)がある。
下水処理発祥の地(妻夫塚)
荒川8-25
三河島処理場は日本で最初の下水処理施設である。
町屋の一本松
町屋1-9
三河島・町屋村の境に位置し、山伏(やまぶし)の松ともよばれた。
町屋火葬場
町屋1-23
江戸五三昧(ごさんまい)の流れを引く火葬場。
ハンノキ山
町屋1-37
区立第五中学校付近の隅田川に沿った一帯は「ハンノキ山」と呼ばれた。
稲荷神社(原稲荷)
町屋2-8
正保4年(1647)銘の庚申塔(こうしんとう)。阿弥陀三尊の線刻がある。
朝日薬師(慈眼寺)
町屋2-20
眼病や産婦の乳の出などに霊験がある。
江戸堀
町屋7-19
石神井川の支流である江川堀は下尾久と町屋の村境でもあった。現在は暗渠になっている。
荒木田の原
町屋8-16
スミレなど草花が咲き乱れる庶民遊楽の地であった。
*文化財についてさらに詳しくお知りになりたい方は、各報告書をご参照下さい。(区内図書館や区役所2階の情報提供コーナーでご覧になれます。区役所3階の教育委員会社会教育課、及び荒川ふるさと文化館では有償頒布もしています。)
尾久
日暮里
南千住
坂・渡し
問い合わせ先 荒川区管理部情報システム課
電話:03-3802-3111(内線 2151)
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